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いろいろな人の人生を脳裏に浮かべる。

いろいろな人の人生を脳裏に浮かべる。
 
他人に嵌められるとき、相手が悪人だから嵌められるとは限らない。
自分が相手の恨みを買っていることもある。それが本能的な嫉妬心のこともあるし、自分が相手に対する誠実さがないからだということもある。
 
佐藤優は、警察に捕まったとき、人がザーッと周りからいなくなったと言った。
そこに人間関係の脆さが見える。
 
自分が信頼関係があると思っていた人間が去ったということもあるだろう。
その信頼関係は、結局幻想だったのかもしれない。それは自分のせいか、相手のせいか分からない。
自分に相手を見る目がなかったのかもしれないし、自分にそれだけの魅力がなかったのかもしれない。
でも、それで終わるような関係ならば、それでいいではないか。
本当に信頼できる人が、一人でもいれば。
 
 
私と同じ年齢の、ある金持ちの話を聞いた。
かなり努力して金を稼いでいるようでいる。
自慢話と説教をする男であったらしい。
「この人は凄いですけれども、この人の下で働きたいとは思いませんね」と言う人がいた。
 
この人に従業員がいるか知らないが、ヘタをすると人に捨てられ、ひとりぼっちになったりしないかー
ずる賢い女にとっては格好の餌で、金だけ貢がせられて捨てられやしないかー
などと、他人事ながら考えた。
 
自分の自尊心を満足させるための説教は、相手の心に響かない。
相手に必要な言葉を与えるからこそ、相手の心にグサリと刺さる。
しかし、それが出来るようになるのは、非常に難しい。
 
ただ、私はこの人を知らないから、あくまで勝手な推測で、これは無責任な発言である。
 
 
私は、もうこれ以上苦労をしたくない、傷つきたくはない。
そう思って、この12年を生きてきた。
 
この12年はきっと平穏であろう。
あれだけ耐え抜いたのだから。
大人のふりをした子供の私は、そう思っていた。
 
でも、それどころか、ますます苦悩は深まるばかりであった。
私は、どこか情熱的で、そこそこ洞察し、しょっちゅう傷つくような人間なのだから、考えてみれば当たり前の話である。
 
それに、行動すればするほど、そして、リスクを取れば取るほど、それだけ大変なことが起こるし、不安なことも多いという当たり前のことを今さら気づいた。
まぁ、それくらいは体力さえあれば、大したことはないのだけれど。
 
 
12年前に分からなかったシェイクスピアの言葉が、今になって心に響いてくることがある。
それは、私がこの間に様々な感情を経験したからだろう。
だから、彼の言葉に胸がときめいたり、涙が出たりする。
 
ああ、人間は苦悩も喜びも含めて、激しい感情からは逃れられないのだ。
もう何百年、何千年も前から。
 
さいきん、人生において苦悩から逃れることはできないのだと、諦める気持ちになった。いや、そもそも私は人生をすでに諦めていて、ただ、目の前にあることをやっているだけである。