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目の表情。

 
この写真を見たとき、胸がきゅっとした。そして、すこし息が荒くなった。
 
「ふかい」
そう、ただただ思った。
 
人生における哀しみだとか喜びとかが見えた。いや、これらの言葉では現しきれない何かもっと複雑なものがある。この左の人の目は、人間の哀しみをも見たのだろうか? 絶望を経験し、人に対して冷酷にもなった経験をも持っているのだろうか・・・? そのような問いが、胸から溢れてきた。
 
目は、人の心を映し出す。
もちろん、目だけですべては分からない。見る側の洞察力も必要だし、その洞察が毎回当たっているとも限らず、勘違いというのもある。それに、本人が自分の心を隠すために仮面をかぶっている可能性だってある。それに、自分が心を開いている人にしか見せない表情というのもあるから、自分の知らない相手もいる。
 
でも、目にその人の感受性や感性が現れることがある。その人の心の深みが垣間見えることがある。それは、ほんの一瞬だけしか現れないこともある。わたしは、それに触れたとき、ドキリとする。美しいなぁと思う。
 
 
このような深い表情を撮るために、どうしたのだろうか? と私は思った。これは、演技者の度量も必要だが、周りにいるスタッフ…とりわけ指示者である監督と、シャッターを切るカメラマンの手腕にもよる。
 
 
さいきん、Vogue という雑誌を眺めることがある。
それは、この雑誌に載る写真が芸術的であるからだ。女性たちの「なまざし」を見て、「ああ、美しい」と思う。
表紙の雰囲気やモデルのまなざしを見れば、その雑誌の志向というか、質というのが分かるような気がする。
 
Vogue はファッション誌なので、この映画の写真のように、人生に対する洞察だとか、そういう重いメッセージはないのである。そこにあるのは、ただただ「美」である。
 
だからこそ、この世の苦しみから解放させてくれるような力が、Vogue の写真にはあるような気がする。
 
 
人生の哀しみや喜びを見つめる一方で、
 
それらからの解放をさせてくれる芸術たちに、私は今日も癒やされる。