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「怒られる訓練」と「嫌われる訓練」

「怒られる訓練」と「嫌われる訓練」
 
私はよく怒られる。しょっちゅう、しょっちゅう怒られる。
これは何故かと言うと、いちばんの理由は怒られても怒りで返さずに、受け入れることが多いからである(おそらく)。
 
相手が自分に対して「怒りを爆発させられる自分」でありたいと私は思っているから、このような態度を取る。
何故かと言うと、怒りの中に「ホンネ」があり、相手のホンネから「自分自身の改善点」が見えてくるからである。
 
正直なところ、自分の欠点を自分自身で見つけるのには限度がある。だから、他者からの意見を聞かなければならない。しかし、人は他人との人間関係を維持するために、その欠点を指摘せずに、表面上はキレイに取り繕ったまま関係を続けようとする生きものである。それが処世術である。だから、他者から自分の欠点を指摘されるというのは貴重なことである。
 
だから、相手が私に対して何でも言えるような関係を作ろうと心がけている。そして、その中に感情的なものも交わってくれば、大成功だと思っている。
 
まぁたまに自分のプライドを守るためにこちらを貶してくる人間もいるので、そのときは相手に対して、自分が冷静に相手の人間性を把握していることをわざと見せつけて、相手の態度をやわらげるという手法を取ることもあるが。
 
 
ところで、女性の中には理不尽なことで怒ってくることがある。ネチネチとストレスを爆発させるように怒ってくることがある。そして、それはこちらに非があるときも、非がないときもある。そして、必要以上に怒りを発散させてくることもある。
 
これは多少めんどうだと思うこともあるが、私はよっぽど体力が落ちていない限りは、話半分にテキトーに聞き流している。そして、反省すべき点は反省して、素直に謝罪する。
 
まぁそれで、あまりに相手がいつもよりも怒鳴り散らしてくるので、私はたいへん驚いたことがある。女性の中には、生理前にイライラする人がいるから、生理前じゃないかとさえ思った。まぁ怒りたいこともあるだろうと思い、言いたい放題言わせたが、私は少々落ち込んでしまった。それで、シュンとしていたら、相手が最後の方で私に同情しだし、非常に優しくなった。
 
こういう現象を見ていると、相手を好きなだけ怒らせるというのは、いちばんいいやり方のように思うことがある。怒りたいだけ怒れば、人の気持ちも落ち着いてくる。そして、怒ったあとには冷静になることも多く、「あ、言いすぎてしまった」と中には思う人もいる。それで、最初の私に対する怒りが、別の感情に移り変わってゆくのである。
 
 
ちなみに、なぜ私が怒りへの耐性が強いかと言うと、訓練をしたからである。「怒られる訓練」と「嫌われる訓練」をたくさん積んだ。そうすれば、だいたいのことは受け入れることができるようになる。
 
いちばん効いた訓練は、カメラマンの助手である。あれは相当怒鳴られるし、扱いも手荒い。それは、やはり助手という下っ端で、身分が低いことや、瞬間を映す仕事であるがゆえに、その瞬間を逃さないために、助手を無理やりにでも動かす場面が多々あるからである。
 
しかも、私はこの分野における才能が一切なかったので、多くのカメラマンから嫌われた。恥ずかしくなるようなことを言われたこともあるし、人間失格と言わんばかりのこともあった。中には感受性が強く、私の隠れた感受性を見出して気に入ったカメラマンもいたが、いかんせん仕事ができないのは事実であったので、カメラマンの中で権力のあった人に嫌われ、それが他に波及して、嫌われ者となった。
 
でも、あれはとてもいい経験である。おかげで他人に嫌われることを恐れなくなったからである。どうせ私を嫌う人間は嫌うことに変わりはない。一方で、私のなかに何かを見出してくれる人もいる。だから、恐れる必要はないと思うようになった。
 
また、仕事ができない人間の気持ちも分かるようになったので、仕事ができない人間をみたら、当時の自分を思い出すから、手を差し出して、いっしょに仕事をしていこう、という気持ちを持てるようにもなった。