痛みの原因。

痛みの原因。

耳が痛かったのを、何年も放置していて、プールに行ったら悪化したので、ようやく耳鼻科に行くことを決意した。

「K先生のところに行けばいいよ」と祖母に言われた。

「コワイからヤダ」

この先生は15年くらい前にお世話になったが、そら恐ろしい記憶しか残っていない。とにかくコワイという印象である。

「素晴らしい先生だし、正論を言って怒られるならいいじゃないの」と言われて、しぶしぶ K先生のところへ行った。

人気な病院なので、1時間半は待った。

私の診察の前に、先生は私のカルテを真剣な眼差しで見ていた。私のカルテは違う名字であった。15年ぶりなのに、よく旧姓まで分かったな…と関心したものだ。

「なんでプールなんかに行ったの?」と先生に言われた。先生は笑顔だった。

先生が笑顔であることに少し驚き、私は黙り込んだ。

「寒いのにプール?」

「体力づくりでプールに行ったんです」と答えると、「そうか」と笑みを崩さずに答えた。

診断に直結しない会話をも笑顔でする先生に、私は心の余裕を感じて、穏やかな気持ちになり、笑みが溢れてきた。

毎日毎日たくさんの患者さんを診察し、とても忙しいはずなのに、どうしてこんなに心の余裕があるのだろう。そんな先生をとても敬う気持ちになった。もちろん、対話をしっかりとする先生は他にもいるけれども、本気で治療する気がないというか、診察が機械的だなと感じる先生もいる。

私の耳を見て「ああ・・・」と声を漏らした。すぐに私の耳の痛みの原因が分かったらしい。

席を移動し、カメラで私の耳のなかを映し出す。
私は現実を見るのがコワイので、ギュッと目をつむる。

「ほら、目を開けて見てご覧。自分の耳だからね」

「これは異常のない状態だよ」と、異常のない方の耳をまず見せる。

それから、痛みのある耳を映し出す。
「ほら、耳垢だよ。これが鼓膜を覆っていて、それが痛みの原因だよ」
先生は比較するために、まずは正常な方の耳を見せたようである。素晴らしい先生だ。

「耳もあまり聞こえないんです」と私は言った。
「うん、これが原因だね」と先生は言う。

東京の耳鼻科で耳が聞こえづらいと言ったら、「また今度」と、不機嫌な感じで言われたことを思い出した。

『K先生は私と向き合ってくださっている!』
私は感動した。

わざわざ席を移動して、テクノロジーを使って耳の中を見せるという作業をしない先生もいるし、説明さえもせずにひと言で済ませる人もいる。

「じゃあ、(耳垢を)取るからね」と先生は言った。
私は怖くなり、身体が固くなる。

「痛い・・・!でも、痛くないっ!!」と、訳の分からない言葉を私は叫んだ。
看護師さんが笑う。

「痛いの? 痛かったら違うやり方があるから」と先生がおっしゃった。

「痛くない、痛くないです!」と私は目をつむって言った。
先生は笑っていた。

「痛い!」は、私の病院での口ぐせである。痛くもないのに、痛い気持ちになる。これでよく先生が不機嫌になったり怒ったりするのだが、K先生は怒らなかった。私の様子を冷静に把握し、私の立場になって考えてくださっているということを肌で感じた。

懐の深い、すごい先生だなぁと思った。医師というのはずっと頭を使い、学会もあり、常に勉強しなければならない。それでいながら、平日の多くの時間を割いて様々な患者さんに対応しなければならない。心底尊敬する社会貢献だなぁと強く感じた。言うまでもないが、私にはとてもじゃないけれどもできない仕事だなぁ。

「ほら、取れたよ」と先生が取れたものを見せてくださった。石ころのようなものであった。

「すごい!こんなカタチをしているんだぁ!」とはじめて見るものに感動していると、看護師さんがくすくすと笑っていた。

そんな私を見て、「持って帰る?」と先生が聞いてきてくれた。「はい!」と笑顔で言うと、看護師さんがキレイに包んでくださった。

「自分の分身だからね」とおっしゃる先生の感性が、私はステキだなと思った。

ああいう言葉は、私の気持ちを感じ取ろうとしていないければ出てこないのではないと私は思った。

「ほら、もう痛くないでしょ。耳もよく聞こえるようになったと思うよ」と先生はおっしゃった。

私は笑顔でお礼を言って診察室を出た。
どのような仕事に就いても、この先生のようなステキな仕事ができるようになりたい!そう思いながら、自転車を漕いで帰っていった。