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乳がん検査がこわい。

乳がん検査。
がんになってしまったら、お金がかかる。大学にも行けない。当然、奨学金も貰えない。
うーん、でも、初期だと薬物療法で入院しなくてもいい可能性もあるから(知らないけど)、働くことができるから、どうにかギリギリやっていけるかもしれない。家族には頼りたくない。

そういう考えがチラと思い浮かぶ。だから、ガン検査の前は怖かったりする。考えすぎかもしれない。でも、ガンになれば、こういう生活がやってくる。

でも、だからこそ行くんだ。病気は発見が早ければ早いほど治療がしやすく、医療費も安くて済む。そして、今は身体が動くので、働くことができる。ひとまず、ガンになっても一人で生きていくことはできるだろう。

仮にガンになっても、とりあえず働くことだけはできるだろう。
働けることは、希望だ。

ガン検査の前には、いつもこのような気持ちをひと通り味わう。
でも、いつの間にか、このような不安は忘れている。だって、私は現実を生きなければならず、それで忙しいのだから。

一寸先は闇だよね。
だから、私はいつ死んでもいいという気持ちで生きている。

私がマレーシアに行くということで家族が心配をする。
「死ぬときは死ぬんだからさ」と言うと、妹が泣きそうな顔をする。

『ガンになったら、その事実を受け止めて、自分ができる対策を打ち続けることしかできない。』

何が起こっても最低限の生活は保障できるようにリスク・マネジメントをしながら、でも、問題が起こったときに考えるという諦めも持つ。

私が生きているのは、「今」である。
目の前に起こったことを直視して、今を生きる。

乳がん検査はイタイと聞いていた。

子宮がん検診は、20歳のときに仕方なく受けたので、痛みは想定できる。それに、定期的に行っているので、仮にガンだとしてもそこまで酷くはないだろうという気持ちがある。

乳がん検査のレントゲンは、乳房を挟んで写真を撮る。これが、とても痛いと言う。今回の恐怖心は、ガンに対する恐怖心というよりは、この「未知の痛み」に対する恐怖であった。そのために、留学前まで先延ばしにしていたのである。

検査を受けなければ、ガンなのかもしれない恐怖、未知の痛みに対する恐怖の2つから目を背けることができる。知らないフリをすることができる。

「痛いですか?」恐る恐る、看護師さんに聞く。
「うーん、人によりますけれど、私は痛くないです。」

これを聞いて、チョットだけ安心した。痛くないかも、という可能性にかけたのである。

レントゲンを撮るにあたって、いろいろな指示が出た。立ち位置、身体の傾け方、手の位置。レントゲン技師さんに手間をかけないように、技師さんの言葉にしっかりと耳を傾け、技師さんの仕草をしっかりと真似る。仕事やボランティアをしていると分かるのだが、他者の指示通りにできないがために、時間をたくさん費やし、余計に事がめんどくさくなるということが起こるからだ。だから、一発で話を理解し、指示通りにするということは、他者と何かをするときに重要なスキルとなってくる。

「痛くないですか? 痛かったらほぐしてくださいね。」と技師さんが優しく声をかけてくださる。ほっと、心がほぐれる。

「看護師さんから、とても怯えていたと聞いていたので、不安かなと思って」と言う。私は感動した。患者の気持ちを汲み取り、それに配慮をする。そのために、院内でしっかりとコミュニケーションを取る。

院内で不安そうな表情をしている人を見るとき「この病院に来て良かったですね」という気持ちになった。もし、病気だったとしても、この病院なら貴女の心をほぐし、寄り添ってくれますよ、と。

「痛くないですよ」と、私は答えた。技師さんに自分の感触をちゃんと伝えた。実は、まったく痛くなかったのである。でも、次の触診とエコー検査の不安はあるので、怯えた表情ではあっただろうと思う。

「ありがとうございます。」
技師さんの優しさへの感謝の気持ちをたくさん込めた。

診察室の前で待っているとき、私は不安だったはずなのに、とても穏やかな気持ちであった。それは、技師さんが本当に素晴らしい、素敵な仕事をされている!と感動したからである。

自分が接客業をしていたときのことを思い出した。本当につまらなかった。これは私の心も持ちようが悪いのだが、機械が苦手なオジサン・オバサンに機械の操作を教えることは結構たいへんであった。理解力も乏しいし、サクッとできない。私は笑顔を失っていた。

そんな自分と技師さんを照らし合わせていたのである。よく知りもしない人に穏やかに、笑顔に接し続けることは難しい。そして、他者に優しさを与え続けることも難しい。ましてや、様々な性格の人がいて、不安を抱いている人も多い病院で、他者を思いやり続けるということは、それなりに人間として懐が深くないとできないものである。

すごいなぁ・・・。
そう考えているだけで、結構長かった待ち時間はあっという間に過ぎていった。検査の前なのに不安がないのは、看護師さんと技師さんのお陰である。

触診とエコー検査を担当した方々も、優しい女医さんと看護師さんであった。

医師はエコー検査をしながら、画面を見る。私の目の前で。だから、相手のちょっとした目の表情、機械の動き(たとえば、同じところをグルグル見たり、また戻ったり)で、異変を感じることを私は分かっている。そして、不安なときほど、このようなことに敏感になる。

今回はただただ、痛くないかが怖かった。目をギュッとつむる。

エコー検査は、長かった。そして、ちょっとだけ痛かった。乳腺というのは、ホルモンの関係でちょっと痛むことがあるらしい。乳腺を抑えている感じなので、痛かったようである。大した痛みではないのだけれど、たいそう痛いような心持ちがする。

「うーーん」と目をギュッとして唸っていると、看護師さんがさすってくださり、心が落ち着いてくる。本当に素敵な方々だ・・・。

「くすぐったいですか?」
首を大きく横に振る。今回はちょっと痛い。前回はくすぐったかった。

前回はお姉さんにコワイ目で「動かないで」と怒られたものだった。でも、私の反応は常に大袈裟で、医師たちが苛立つことはよくあるので、いつもじっとして、反省している。

「ちょっと長いですけれど、しっかりと診ますからね」と看護師さんが私を撫でながらおっしゃる。目的は検査だ。がんばろう、と思う。逃げてはダメ。ここでしっかりと検査をしないと、と思う。

「はい、よろしくお願いします。」と答えた。

「しこりはないですからね」ということであった。つまり、異常なし。

ああ、生きている、と思った。
生きている時間を大切にしようと思った。