酒と規律について。

上智大学の食堂でビールと日本酒が売られていて、神父の教授が一杯飲んで授業に出ることがよくあったと聞いて、羨ましいと思った。

同志社大学も同じくキリスト教系らしいが、宗派が違うらしく、学内でお酒は売られておらず、学祭でもお酒が売られていないことを、上智大学出身で同志社大学で働いていた人が書籍で「無気味」だと言っていた。

そんなことを言ったら、AIUの学祭でもお酒は売られていなかったのではなかったか。お酒にはかなり注意を払っていると思う。学内で住む人に考慮して、カフェでお酒は売られているものの、アルコールに関してはかなり注意を払っているらしく、アルコール中毒についての説明、強要をしない、飲みすぎないことなどをかなり説明されるし、未成年の飲酒にもかなりキツく言われている。

私の時代は未成年の飲酒に対してかなり緩かったので、現代は相当厳しいと思わざるを得ない。未成年の飲酒にそれほど強い注意を促すことが少々異様な光景に思える。

というのも、昔は法律自体がかなり緩くて、大人も警察も未成年の飲酒に対してある程度は許容している空気があったのだ。でも、法律がだんだん厳しくなり、今の未成年は本当にマジメに20歳までお酒を飲まない人が多い。未成年でお酒を飲んでいましたなどと言ったらバッシングを受ける空気さえある。現在大人が未成年に飲酒をさせないのは、そうすると法律違反だからという理由が大きいような気がする。だから、人間の倫理観から出たものというよりは、法律により社会の空気が変わっただけであろうと思う。

ちなみに、マレーシアの人はイスラムの規則は守るが、法律やルールは守らないのが常である。

いくら私が自由人だとはいえ、こういった規律に批判的なわけではなく、それぞれの大学、国でそれぞれの考えがあることも分かっている。

それに、酒に規律があるのは、やはり扱いが非常に難しいものであり、健康問題に加えて、秩序が乱れて、警察沙汰になったりなどのめんどうなことがあるのも理由であろうかと思う。しかも、人によってはアルコール量の自己統制は結構難しいものでもある。

一方で、アーティストなどが酒でぶっ壊れることはよく描写されるのが興味深いものである。私の知り合いも毎晩記憶をなくすくらいに飲んでいた。そういう状況を見ていると、酒でぶっ壊れることもいい経験と言えるかもしれない。そうすると、人に迷惑をかけたらどうするんだという意見が出てきそうだが、賠償金を払えばどうにか解決するだろうと、テキトーなことを言って締めくくりたい。