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英国では” シェイクスピア作品教育は1988年以来義務化されている”

英国では” シェイクスピア作品教育は1988年以来義務化されている” という。

 

“英文学的視点 から、シェイクスピアは英国の優れた作家で、義務化 されて教えられるべきであるという主張がある。他方、 中等教育という視点からは、年齢によっては難解であるとの意見がある。”

 

日本の国語教育もつまらないと感じる人がいるように、英国でも授業で読まされてシェイクスピアが嫌いになる人がいるようである。

 

文学作品というのは、人生経験などに支えられて理解していく部分もある。頭だけでは分からないこともある。もちろん、分からないながらに読んで頭に残しておくことで、後の人生で「ああ、シェイクスピアがあんなことを言っていたな」とセリフを思い出すことにより、人生の対処方法に幅が出てくることだって有り得る(これは人生にとって思っているより役に立つのである)。

 

それに、やはり世界的に長年読まれ続けてきた作品というのは、その国の誇りであり、文化の一部でもある。世界で有名な芸術作品を持っている国および民族というのは、そこまでないのではないかと思う。だからこそ、持っている人はその宝を大切にした方がいい。私は英国の演劇を観たことがないけれども、シェイクスピアの台本があるがゆえに演劇も洗練されているはずで、そうだとすれば、芸術的なセンスが英国文化に染み付いているということだ。そして、その洗練された文化の影響というのは、やはり外の人間よりも中の人間の方が影響を受けやすい。だから、優れた文化を持っているのであれば、それの影響を受ければ、自分のセンスも磨かれるということになる。

 

こんなことを思うのは、文化圏によっては酷い演技のドラマがあるからだ。まぁよくもこんな酷い演技がプロとして放送されるもんだと思ったこともある(たまたまの可能性もなくはないが)。一方で、米国のドラマの俳優の演技はやっぱり上手いと思う。これは、やはりそのベースとなるものが文化として引き継がれているからだろうと思う。私はこのときに、文化圏内で長年引き継がれているものがいかに大切かということを感じたのだ。

 

教育の一環として演劇を観せるのもいいけれども、完成度の低いものを最初に観てしまうと、それが嫌いになってしまったりもするのではないかと思ったりもする。私も嫌々ながら観ていた。それでも一級品に出会うまでに様々な芸術作品を観たが、なかなか完成度の高いものに出会える機会というのはない。というか、それくらいのスター俳優の演劇は高額で、しかも飛ぶように売れてしまう。かといって、魂の籠もった演技をそう何度もやったら俳優が壊れてしまう。あるいは、中途半端な完成度で観客のもとに届けられることだってあるので、最高のものを観るのは結構難しいなと感じたことがある。でも、私の演劇の選び方が悪い可能性もあるので、今後、見極められる目を磨いていきたい。

 

http://teapot.lib.ocha.ac.jp/ocha/bitstream/10083/3409/1/P85-89.pdf