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大学教員。

大学教員。
 
私が思うに、多くの大学の先生は、本当に深くを洞察すると思う。見えないものがたくさん見えている気がする。
 
彼らは、こちらの目を見ただけでこちらの人格まで見抜いている感じがする。もちろん、それだけですべてが分かるわけではないし、それは当人も分かっているだろうと思う。でも、何かを見ている感じがする。私もそういう先生の目の動きに気づくのだけれども、照れ屋なのもあり、何もないふりをする。
 
 
昨日、人文科学に通じている人と、このような会話をした。
 
私「ねぇ、男の人って、自分の気持ちを素直に言わない気がするんだけれど、気のせいかしら?」
 
男「うーん、それは違うな。大学教員だからだろう?」
 
と言われて、ハッそうかもしれないーと思った。
幾人かの大学の先生は、さり気ない優しさをくれる。ものすごくキツイことを言いながら。
 
私「そうかもしれない。でも、中央官庁出身の先生は結構素直な表現の仕方をするよ」
 
男「中央官庁出身だとそうだろうね。研究職に就いている人間は揉まれてきているからね」
 
私「そういえば、言語学の先生がよく皮肉を言うの。だけど、あの先生はとっても優しいんだよ、本当は。直感で、分かるの。それで、本当に優しいの。それで、とっても相手を洞察して、奥深くを見ている感じがする。でも、表面上は皮肉を言うの」
 
男「言語学の先生であればなおさらそうだろう。言葉を研究する中で、言葉の裏側を見ることになる。だから、言葉を信じなくなるんだよ。猜疑心が強いんだよ」
 
言葉を眺めるのは、ほんとうにつらい作業だと思う。人間の嘘や汚い部分もわかるだろうから。
 
だから、先生に見つめられても恥ずかしくない自分でいたいと思う。