金と幸福と愛。

金と幸福と愛。
 
私は、6つ年上の女性に連れられて、とても高級な店に連れて行かれた。
高級だということは、彼女たちの騒ぎようで分かったが、私はその高級な場所を楽しむだけの心の余裕がなかった。というか、酒を飲んで気が紛れただけであって、楽しいという感情は湧き上がってこなかった。私の目は、きっとこのキラキラと光るVIPルームの中で錆びきっていたと思う。
 
行きたくなかったが、高級だというので、とりあえず行くかと思ったのと、私が行くことを、この女性が喜ぶから行ったのである。
 
この女は、私のことが特別好きでもないとは思うが、嫌いというわけでもなかったと思う。一度、私が彼女の約束を破ったので、それから彼女の私に対する好感度は下がったが、それでも私に対してある種の優しさを見せた。特別美人というわけではないが、色気があり、男性に可愛がられるような女性であった。
 
金を払ったのは、この女性ではない。この女性のことを好きな金持ちである。
この男が、この女性を抱いたわけではないのは、私の観察からして、ほぼ間違いないだろう。ただ、この男は、彼女が好きだから金を落としてでも、この女の要求を飲むのである。この女性を落とせないことを分かりながら、この男は、この女性と少しでも時間を一緒にともにしたいがために、お金を使うのであった。
 
この男が、この女を見つめるときの目線は特別でありながら、その奥深くに、この女性を決して手に入れられないのだという哀しみが見えた。この哀しみが、いかにも金持ちじみた風貌のこの男を、人間らしく見せた。
 
この女は、楽しんでいるように一見みえたが、そこにどこか無理をしているというか、哀しみを私は見たような気がする。
 
同じマンションに住んでいたので、私と彼女は、その後、二人で同じ方向に帰っていった。
 
「バーに行く?」とその女性が私に聞いた。私は黙って頷いた。
「あなた、よく分からない子ね」と言った。それは、私が彼女の遊びについて行ったり行かなかったりするからであった。
 
このバーの店主は、彼女と親しいようで、彼女は自分の弱い部分をさらけ出している感じがした。私は彼女が抱えていることをよく知っていたので、彼女も、隣にいる私に構わず、自分の内情を吐き出す。
 
私は黙ってお酒を飲み続けた。
 
明るい空の下、ふたりで歩いて帰った。
高速道路にかかった橋をわたるとき、私たちはその橋から下を覗いた。
 
「死にたいと思うことがあるわ」と彼女が言った。
「私もですね。」と私は答えた。この点において、私たちは同じ気持ちを共有していた。
 
もしかすると、この共有する部分が、私たちを一時的にではあるが、繋いでいたのだろうかと思う。
でも、二人とも死ぬつもりはなかった。彼女は、自分の気持ちを、今度は私に吐き出す。
 
「罪悪感を感じる」と。
「罪悪感を感じる必要性なんてどこにもないじゃないですか」と私ははっきりと言ったが、この言葉は何の慰めにもならなかったようである。
 
私は、彼女の恋人を知っていた。そして、二人が見つめ合っているところをも知っている。「ああ、二人は愛し合っているんだな」と感じた。彼女の恋人は、彼女を愛するがゆえの哀しみを、その目に秘めていた。ふたりとも、同じような種類の哀しみを持っていたように思う。